丘みどりさんの歌の実力はどうなの?紅白の出場は?【がっちりマンデー】

芸能
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演歌歌手の丘みどりさんの実力はどうなのかな?
紅白歌合戦は何回出場したのかな?と
思って調べてみました。

2024年2月4日(日)7時30分~『がっちりマンデー』(TBS)に出演。
好きな色は緑色だそうです。

丘みどりさんの略歴

1984年、兵庫県姫路市出身。 元アイドル。現在は演歌歌手。既婚で1児の母。

5歳から民謡を習い始め、『兵庫県日本民謡祭名人戦』に小学5年生で史上
最年少で県名人に選ばれました。
その後、数々の民謡コンクールで優勝

2002年、アイドルとしてデビュー。ホリプロの大阪支社で構成されたアイドル
グループ『HOP CLUB』第3期生に所属。

2003年9月に卒業。音楽専門学校で歌を学び直しました。

2005年、演歌歌手デビュー。当時の衣装は、演歌歌手としては異例のミニ
スカート、へそ出しルックだったため、歌以外でも注目されました。

2016年7月、シングル『霧の川』をリリース。同年7月11日のオリコン週間演歌・
歌謡シングルチャーで1位を獲得。

2017年7月、『佐渡の夕笛/雨の木屋町』がオリコン週間演歌・歌謡シングル
チャーで1位を獲得。出荷枚数で自己最多の8万枚を記録。
同年、第68回NHK紅白歌合戦に初出場。
第69回、第70回と3年連続でNHK紅白歌合戦に出場しています。

すごい! かなり、実力のある方ですね。

母との約束

2006年(デビューした翌年)、丘みどりさんの母親が大腸がんで、半年の
余命宣告を受けました。

闘病生活の末、母が亡くなると丘みどりさんは、何もかもが嫌になり、演歌歌手を
辞めようと思いました。

生前、母からは「やらなかった後悔よりも、やって後悔の人生を」と繰り返し
言われてました。

「絶対紅白に出れる歌手になるから、それまで待っておいて」
母との約束を生きている間に実現できなかったけれど、丘みどりさんは
一念発起して演歌歌手を続ける決意をします。

そして、念願のNHK紅白歌合戦に3回出場しました。

丘みどりさんは、かなり苦労されたのですね。
でも、念願が叶って良かった。


365日歌えるようなスケジュール

一念発起した丘みどりさんは、「365日歌えるようなスケジュールを組んで
下さい。」と事務所にお願いしました。

シングル『霧の川』では、本当に1年間休みなく歌いました。
各地の商業施設、音楽ショップ、スナックなど必死で回りました。

最初は30人だったのが、次は50人、100人と口コミで人気が広まりました。
そうすると、環境が一気に変わり、テレビ番組の出演につながりました。

「自分の人生は自分で変えなければ、誰も変えてくれない。」と実感したそうです。

2つの観光大使に任命

丘みどりさんは、2016年に姫路市観光大使に、2018年には穴粟市観光大使に
任命されました。

「今があるのは、地元の皆さんのおかげです。その恩返しに、ふるさとを
全国に宣伝したい。」と丘みどりさんは抱負を語っています。

私が取り組んでいる地域活性でも、地方自治体での著名人の観光大使任命は、
多くの地方自治体で行われています。
ただ、そのあり方や活用の仕方がイマイチなところがあるように思います。

丘みどりさんの観光大使に期待したいと思います。

まとめ

正直なところ、私は丘みどりさんの名前すら知りませんでした。
演歌歌手なのに、衣装はミニスカ―ト、へそ出しルックというスタイルが
チャラい人かなと当初は思いましたが、すごい実力派の歌手だったのですね。

丘みどりさんは、かなりの実力を持ってらっしゃると感じました。
その背景には、才能だけではなく、非常な努力家だと思いました。
完全に脱帽です。

これからは、丘みどりさんを応援したいと思います。

丘みどりさんの今後の活躍を楽しみにしております。

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